穏やか じゅんや

穏やかな暮らしを育むブログ。家族を大切にし、読書、手帳を使って自分を磨き、人生を楽しむ!

父を亡くした気持ちと、そこから学んだこと①

今週のお題「おとうさん」

僕が父に対して贈る言葉は、「ありがとう」です。
いろいろな意味で、僕を育ててくれたことに感謝しています。

僕の父は16年前に亡くなりました。
その出来事をキッカケに、人生で大切なことをたくさん学びました。

  • 自分にとって、本当に大切なことに気づこう
  • 近所の方と助け合う大切さ
  • 自分が死んでも、大切な人の力になれる

 

自分にとって、本当に大切なことは何?

父はガンでした。
父が入院すると、母は毎日病室に通っていました。
父が苦しんでいる時には、病室に泊まって、ずっとそばに居て励まし、見守っていた。そんな母の姿を見て、こんなに父を愛していたんだと知りました。

それに対して僕は、仕事が忙しいとか言って、月に一回お見舞いに行くかどうかの状態。今思うと、そんなに大事な仕事でも無かっただろうに。

当時は夜中の0時過ぎまで仕事していることもあった。
「今日は日付が変わる前に帰りたいね」なんて話してた。
バカみたい。

僕は、自分の大切なことを犠牲にすることで、「自分は本気で仕事に打ち込んでいる」、「自分の仕事は価値が高い」と見せたかっただけ。たいした仕事でもないのに、「自分は重要なことをやっている」と思いたかっただけ。

自分にとって、何が大切なのか。
本当に大切にすべきことは何か。
全然、わかってなかった。

何が幸せか

 父が入院したばかりの頃は、手術ができるくらいの体力はありました。
でも、やがて手術に耐えられる体力も無くなってきた。

高熱で、体は痩せ、呼吸も苦しそう。すぐにタンが詰まってしまう。
手を握ると、むくんでいて熱い。

それでも父は、僕には愚痴を言わなかった。
弱気なところを見せなかった。

僕なんて、ちょっと熱があったり頭痛があるだけで、イライラしがちなのに。


家族全員で病室にいた時、父が「幸せだなあ」と言ったことがあります。

父は昔からポジティブで、家族にもよく気を遣ってくれました。
家族を安心させるために、そんなことを言ったのかもしれません。

でも、半分は本心だったと思う。

自分を愛してくれる妻がいて、子供たちがいて、その家族全員に囲まれている。
僕も家族を持つことで、何となくわかりました。
自分のために、家族みんなが来てくれて見守ってくれていたら、幸せだと思う。


やがて、父と話をすることもできなくなりました。
意識があるのかどうかも、よく分からない状態が続いた。


ある日、病院にお見舞いに行きました。
夕方になると渋滞するからと、僕はお昼過ぎに帰ってしまった。

その帰り道。電話が鳴り、容体が急変したと連絡が入りました。
急いで病院に戻りましたが、父の死に際には間に合わなかった。

僕は、どこまでも自分中心だった。
そんなに急いで帰る必要あったのか?
もっと、父のそばに居てあげれば良かったのに。

 

僕は、自分にとって本当に大切なものを見逃していた。
失ってから気づいても、もう遅い。
後悔しか残らない。

今の幸せが、当たり前だと思って生活しているけど、とても幸せな時間を過ごしていることに、どうしたら気づくのだろう。

失ってから気づくなんて、悲しい。

 

今の僕にとって大切なのは、妻と子供たちです。
でも、いつか必ず最後のお別れをする日が来てしまう。
そのことを、たまには思い出す必要があると思います。
そして、今の幸せを思いっきり噛みしめて、思いっきり大切にしたい。

 

人によって、価値あること、大切にすべきことは違うと思います。
大切な人、生活、健康、仕事、モノでも、何でもいい。
別に一つでなくてもいい。

でも、いつの日か、それらを失う時が来てしまいます。
自分が死ぬことで、別れることになるかもしれません。

失う時になって、それを大切にしていなかったと悔やみたくない。
何となく日々を過ごしてしまうと、幸せを見逃してしまう。
そうならないように、自分にとって何が本当に大切なのか、振り返ってみるべきだと思います。そして、日々を大切に生きていきましょう。

 

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